「みんなで幸せ研」対談 第1回
[mokuzi]
<前野 隆司先生 プロフィール>
「みんなで幸せでい続ける経営研究会」共同代表(研究担当)
慶應義塾大学大学院 システムデザイン・マネジメント研究科 教授
研究分野:幸福学、感動学、共感学、イノベーション教育、コミュニティデザイン、など
著書:「幸せのメカニズム」「幸せの日本論」「脳はなぜ「心」を作ったのか」「思考脳力のつくり方」「実践・脳を活かす幸福学 無意識の力を伸ばす8つの講義」など、多数
<島村 仗志さん プロフィール>
「みんなで幸せでい続ける経営研究会」共同代表(運営担当)
株式会社ウエイクアップ 代表取締社長役(当時)
ウエイクアップは、リーダーシップ、コーチング、組織開発の世界的な3つのブランドの日本パートナーであり、人や組織の可能性を最大限に引き出すことに力を注いでいる。
著書:「コーチングのプロが教えるリーダーの対話力 ベストアンサー」など
「みんなで幸せ研」立ち上げからの1年を振り返って
前野 隆司先生(以下、敬称略): この1年、研究会をやってみて、大企業のみんなが幸せになることの難しさを実感しました。「道途上」というところでしょうか。力を抜いて進めることの、試行錯誤中というか。
島村 仗志さん(以下、敬称略): 「道途上」は同感です。ただ、この研究会が「始まった」こと自体が、すごい。参加企業の方から、経営の現場で、「幸せ」という言葉がふつうに語られるようになった、というエピソードをいくつも聞きましたが、それって、本当にすごいことだと思います。
大企業に身を置く人、特に経営者に、ただ利益を求めるのではなく、「幸せ」でいる方が生産性が高い、ということを、知識としてではなく、リアルな実体験としてお届けしたい、それが「幸せ研」の思い、願いとしてあります。
次世代のビジネスパーソンたちにとっては、それが当たり前、という環境で研鑚を積んでほしい、そういう時代に橋を架けられるといいな、と思っています。
前野: 私の見るところ、日本の大企業のサラリーマンの多くは、幸せではないと感じます。私はいろんな人に接する機会があるのですが、起業した人や、中小企業の経営者、そして地域での貢献活動をしている人など、「利益より、本当に人々のため」という想いを持って働いている人は、イキイキしています。それに比べて、大企業の人たちは、残念ながら、顔つきが違うんですよね・・・。そこを何とかしたいのですよ。
時代は、動き始めている
前野: その意味では、時代はまさに、動き始めています。まだ、大きなうねりというよりは、小さな波かもしれませんが。コーチングしかり、私がやっている幸福学やポジティブ・サイコロジーしかり。
大きい話をすると、“戦い”のメタファー、つまり近代以降の「戦って、勝つ」という考え方が、世界的に曲がり角に来ていると感じます。西洋では、古代ギリシア時代、アリストテレスに戻ろう、という思潮があり、東洋でも、古代思想への復帰が言われています。(CTIの)コーアクティブ・コーチングでも、東洋的な思想やネイティブ・アメリカンの考えなど、西欧文明の陰に埋もれていたものに光を当てていますね。
「戦って、勝つ」。それが善だという風潮が特に高まったのは、共産主義が敗れて以降ではないでしょうか。戦って勝つべきという考えが、どんどん洗練されて、完成した!と思ったら、それが間違いだったことに気づいた、というのが現代だと思います。
島村: ロボットとかAIの発展に伴い、人の仕事で何が残るか、というのが話題になっていますね。人間の本来持っている力が発揮されずに、“AIに使われるのが人間”という悲しいシナリオが、現実味を増してきている感があります。
前野: いや、それと同じようなことは、もうすでに起きていますよ。みんながパソコンで仕事をしていて、メールチェックに2時間かかるとか・・・。現代社会が本来便利のために築き上げたはずのものの奴隷になり、そのために働く時代はすでに来ていると思います。
人類の歴史を振り返ると、農耕革命が起こり、産業革命が起こり、どんどん便利になっていって、働く時間は減るはずだったのに、実際には、そうはなっていない。理由の一つは、人間の欲が限りないから。
島村: 「もっと、もっと」という声に押されて、求めるものが大きくなっているんですね。「足るを知る」とは、真っ向反対の方向に、私たちは世の中を進化させてきてしまったのかもしれません。
前野: もう一つは、格差です。本当は、富が全員に平等に分けられていれば、みんながそんなに働かなくてもすむはずなのですが、一部の人だけが独占してしまっているから、残った小っちゃい部分を、みんなが必死に働いて、苦しみながら取り合っている。
忘れていた「幸せ」を、取り戻す
島村: こう話してくると、研究会とは、実は、「人は何のために生きているのか」という話になりますね。
前野: 人はずっと、生きるために働いていた。昔は、狩猟や農業を、まず家族や近しい人たちと、信じあい、信頼し合いながらやっていたわけです。
ところが、それが大規模化することによって、本来持っていた活力や信頼を、忘れかけているんです。今やろうとしている私たちの活動は、それを取り戻すための活動、といってもいいと思います。
島村: “幸せ”というのは、そもそも、追い求めるものではなく、私たちがすでに持っているもの、なのですかね。
前野: 持っているけど、壊れやすいので、間違えるとすぐに失うもの、ではないでしょうか。事実、現代人は、失いかけていると思います。
基本は、「自分を信じ、みんなを信じること」。それだけです。自分を信じればイキイキするし、みんなを信じれば仲良く仕事ができる。それを忘れかけているんです。
島村: それは、何を「信じている」のですか? ちなみに、コーチングでは、「自分で自分の答を見つける力を信じている」といっています。つまり、今まで刷り込まれた文化によって「選ばされる」のではなく、ちゃんと自分が自分として「選ぶ」力がある、ということを信じているのです。
前野: まさにその通りです。「社会のルールに従わなければならない」という圧力を感じすぎて、生きているのは自分なのに、何のために生きているのかがわからなくなっている。そういうことが、幸せを壊しているのではないでしょうか。
実は、1年に1回、日本人と、日本以外の東アジアの人の両方に、「幸せ」を教える機会を持っています。ある企業のプログラムで、彼らは8週間一緒に暮らしながら学ぶのですが、東アジアの人は、最初は「日本人は豊かでうらやましい」と言っているのに、満員電車に乗ったりする日本の暮らしを実感する中で、「日本人はかわいそう」と言い始める。収入など、トータルでみたら日本人の方が幸せではないかといえそうなことも少なくないにも関わらず、彼らの方がイキイキしています。「これから未来がある」ことを信じているから幸せなのです。それには衝撃を受けましたね。
ただ、その8週間が終わるころに、ただおとなしいと思われていた日本人のメンバーが、仲間にとても信頼されるようになるのです。「本当にあなたはいい人だ」「ありがとう!」と、海外のメンバーが泣きながら別れを惜しむ姿をみると、ああ、日本人のよさを分かってもらえているな、とすごく希望が持てました。みんなを平等に扱い、誠実にみんなのことを考える、日本人の“和”の力を、ちゃんと見抜いてくれたんだ、と思いましたね。
でも、「それで必死になって働いているのは、かわいそうだ」って・・・(笑)
“和の精神”を、世界に広める
前野: 東洋的な、全体の調和を大事にすることと、西洋的な、部分の最適化を目指して部分に分解して勝っていくこと、この2つがあるとすると、日本企業の経営は、今は西洋型に寄りすぎているので、もう少し東洋型に戻す必要があると思います。もちろん、すべて戻すのではなく、半分くらいのところがいいと思います。全体としてのあり方を整えた上で、戦うときは戦う、というバランスを取り戻す、ということです。
そういう、“和の精神”は、日本だけでなく、ネイティブ・アメリカン、ミクロネシア、ブータンなどにも残っていますね。
島村: 去年、「この研究会を本当にやるのか?」と自分に問うたときに、どうしてもブータンを見ておかなくてはならないと思って行ってきました。ブータンという国には、精神的な安定感があります。その根っこには、仏教とともに、自然を大切にする、みんなと共にある、という、ちょっと神道に近い考えがあるように思います。
そう考えると、日本という国も、神道という多神教的なものも、仏教も残っていて、しかもそこに西欧的な近代のものが入ってきて、古いものも新しいものも全部包含している、非常にハイブリッドな文化ですね。
何でも入ってきたものを、Welcomeできてしまうのは、日本人の特技です。排除しないで、受け容れる。それは、いいことでもあり、逆に、それによって混乱を招くものでもあるのですが。
前野: Welcomeの文化は、戦いの文化に負けるんですよ。ネイティブ・アメリカンも、ミクロネシアの人たちも、Welcome!と言っていたら、みんなやられてしまった。日本は、たまたま、島国だったから、Welcomeの文化と戦いの文化が共存できたわけです。
島村: 日本は、非常に特殊な環境だったのですね。だからこそ、これまでも、そしてこれからも、世界のために、もっと貢献できることがあるのだと思います。
前野: 昨日、「しあわせの経済」世界フォーラム2017という会議に出ていたのですが、その主催者の1人のイギリス人の女性が、最後の挨拶で、「日本は素晴らしい。地域をよくする活動のあり方が、我々アングロサクソンより、ずっと素晴らしい。それを、もっと広めてください、もっと書いてください、もっと自信を持ってください!」と言っていました。
日本は、その東洋的な文化が西洋的なものと融合して、まさに、すごく未来的なものを持っています。彼らがやっと気づいたものを、ぼくら日本人は、何千年も持ち続けているわけです。そのことを、我々自身も忘れかけているのですが。
島村: それを聞いて思い出したのが、田坂 広志さんが少し前からおっしゃっている、資本主義の進化形態としての「目に見えない資本主義」です。田坂さんは、進化した資本主義のスタンダードを作れるのは日本だ、と言っておられます。目に見えないものを大切にしてきた日本の文化は、資本主義の進化形態を現実的に体現する力がある、というのです。
この研究会が、資本主義の進化形を企業経営の現場で現実化する、具体的な事例の宝庫となり、それによって「経営の目的は、利益ではなく、みんなの幸せだ」と皆さんが言い切れる自信につながれば、すごいですね。
なぜ研究会が、大企業を対象としているのか
前野: その通りです。しかし、明確な答えは見つかっていないと思っています。
一部の中小企業では、100人くらいの社員が、徹底的に“和の精神”を持っていたりすることが実現できています。ものすごく幸せな企業が実現できています。しかし、大企業では、システムそのものが欧米的で、合理化のために階層化された組織になっています。そこに“和の精神”を入れていく、というのはものすごいチャレンジで、そう簡単ではありません。
だからこそ、私たちの研究会では、その試みをスタートしたのです。そして、みんなが手ごたえを感じ始めている。ここに先進性と希望があると思っています。大げさに言えば、私たちは時代を変えるものを作り始めている、という自負がある。
島村: この研究会自体が、利益を出すための気合と根性ではなく、「幸せでい続け」ながら、それを現実化する、というこれからの経営のロールモデルとなって運営されれば、素晴らしいですね。
前野: そうですね、大企業の“組織”というものをきちんと維持しつつ、中にいる人たちは幸福、という関係をちゃんと作れれば、それは、極めて新しいことだと思います。
大企業でこれができる、ということになれば、これは、大きな地域とか、国家でもできる、ということです。世界を変える起爆剤になり得る。
島村: 大企業と中小企業には、ランク意識があって、大企業は、中小企業を何となく見下すところがあったと思います。しかし、これからは、いろんなものがブレンドされて、お互いのいいところは認め合う、大企業も中小企業のいいところをリスペクトする、そんな時代になるのではないでしょうか。
そうやって、ぶどうがワインになるように、いろいろなものが混じり合い、醸成される、そんな器に、この研究会がなるといいですね。
前野: 本音を言うと、この研究会の参加企業を大企業に限ったところに、違和感を感じる人もいるのではないかと危惧しています。「大企業だけ」というのは、分断の論理で、本当は“和の精神”なら、大企業も中小企業もみんな入っていいはずではないか、と。
“分断”ではなく、大企業が一番できていないから、あえて難しいところに焦点を当てて、この研究会をつくった、ということを、きちんと発信していく必要がありますね。
島村: そうですね。分断については私も同感ですが、一方で、最もチャレンジングなところに意図を持っていないと、そこが最後まで後回しになってしまう、という感覚はあります。
前野: 坂本光司先生や天外伺朗さんが、「中小企業ではできる」ということを実証なさったわけだから、その次の世代としては、大企業という困難なところでやってみる、ということですよね。
これができれば、地域とか、国とか、違う枠組みでもできますからね。
島村: 大企業が持つ強み、つまり、高度に機能分担したことによる合理性の追求を維持しながら、同時に“幸せ”を現実化できるなら、これはすごいことです。
ブータンに行って勇気づけられたことは、国家のレベルで、それをやっている、ということです。ただ、残念ながら、経済的には、相変わらず苦戦していて、インドからの借金でやりくりすることが続いています。経済的側面では、ブレイクスルーしていません。
そこをぜひ、「目からウロコ」が落ちるような、例えば、「みんなの幸せに目を向けていれば、業績という結果も出るんだ!」みたいな経営者が続々と出てくると、おもしろいですね。そうなれば、地球の色が変わるくらいのインパクトがあります。「地球のウロコ」が、ポロンと落ちる(笑)。
それこそ、意識革命、内なる革命ですね。
日本に、意識の進化を起こす
前野: 日本では、明治維新という革命と、第二次世界大戦の敗戦の時に、社会構造が大きく変わり、それまでの歪みが解消されました。現代とは、そろそろ再び歪みが蓄積してきた時代です。今こそ、ある種の革命、革新が必要な時期なのだと思います。
島村: それに匹敵するものとして、3.11やそれに伴う原発事故が起こったとも言われていますが、あまりそれから学んでいない、という論調もあります。そういう外的な出来事に頼らずに、私たちの内側から、まさに意識の進化が、世の中に提案できればいいですね。
研究会に参加してくださっている13社の顔ぶれや、参加くださっているメンバーの役員の方々を見て、「えっ、こんなすごい会社の、すごい人たちが、幸せ経営ということを、こんなにまじめに討議しているんだ」ということを知るだけでも、社会的なインパクトがある、というか、すごいインパクトが生まれざるを得ない、という感じがします。
前野: この研究会のプレスリリース以降、中小企業の方、あるいは、役員ではない人からも、「研究会に入りたい」という声を、たくさんもらっています。
島村: ぜひ、その声も大切にして、その火を集めていきたいですね。たまたま最初の研究会を、「大企業、役員」という枠組み作りましたが、次々いろんな研究会ができてくるのも、いいと思います。
その意味だと、我々は、いきなり本丸の、一番難しいところから始めてしまいました。ドン・キホーテみたいですが(笑)!
前野: いや、全く、ドン・キホーテです(笑)。
島村: 今回は、本丸から始めてしまいましたが、周辺からいくのも、1つの手かもしれませんね。イノベーションは周辺から起きる、という世の理には、その方が合っているかもしれません。
う~ん、僕たちは、せっかちなんでしょうか、それとも、チャレンジャー?(笑)
前野: いや、理想を目指して、理想的な国、世界を作りたいのが、僕たちじゃないでしょうか。
そういう意味では、「首相になる」「国から変える」というのも、ありかも。国から変えると、大企業も変わる・・・。
この研究会は、“大きなこと”から始めた、ということなんでしょうね。勇敢ですね、僕たち(笑)。
島村: 政治家というより、たかしさん(前野先生)のように、“幸福”という旗印を持って、先頭に立ってくださる方とご一緒に、ある意味、自由な立場で、無邪気に皆さんを巻き込んでいくのがいいのかもしれません。
前野: なるほど、イノベーションは周辺から起きる。世の中を変えるには、我々は一番いいところにつけているのかもしれません。首相は、立場上、現状をひっくり返すようなイノベーション起こせないですから(笑)。
そして、このような取組みに対して、錚々たる大企業の偉い方々にご賛同いただいている、というのは、本当にありがたいことです。
島村: この取組みは、「自分でやっている」というより、何かに「やらせて頂いている」感があります。受身という意味ではなく、何か大きなものに、「使って頂いている」というか・・・。
前野: これは、決して一人ではできませんでしたね。三菱鉛筆の都丸さんと、3人が巡り会うことから始まった。
島村: 全く同じ感覚です。一人では、絶対できていない。このめぐり合わせは、「このことをきっちりやり遂げなさい」というサインですかね。
そのためにも、私たちが「幸せでい続ける」という大原則があるので、そうやっていれば、力が抜けて、最大の、意図した“いいこと”が起こると思っています。
前野: いい意味で力を抜いて、しかも、理想からぶれない。
島村: これは、最低10年の取組みと思っているのですが、たかしさん(前野先生)は、いかがですか?
前野: いや、ずーっと続いていくんじゃないですか。そのときには、トップは私たちではないかもしれないけど。私ごとですが、10年たったら、ちょうど定年なんです。そこまではきっちりやって、その後は、隠居して・・・。
島村: いやいや、隠居なんか、させませんよ。僕は、死ぬまで働こうと思ってますから。
前野: ははは。僕も、死ぬまで働くつもりです。この研究会の後に、「みんなで幸せでい続ける老人の会」っていうのをやりたいですね。高齢者の幸せについて、ちゃんとやっている人がいない。大企業の幸せを軌道に乗せたら、次は、高齢者がもっと幸せになる、というのをやりたいですね。
島村: 対象はいろいろ、やることはいっぱい、ですね。
前野: 死ねないですよ、人生100年時代ですから(笑)。
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