「みんなで幸せ研」対談 第7回
<坂口 克彦さん プロフィール>
「みんなで幸せでい続ける経営研究会」第1期のご参加メンバーのお一人
株式会社エイチ・アイ・エス 取締役上席執行役員 最高人事責任者本社人事本部長
1979年4月 ユニ・チャーム株式会社 入社
2000年4月 執行役員、C&F事業本部長
2006年1月 執行役員、嬌聯份股有限公司 副総経理(台湾)
2010年4月 常務執行役員、嬌聯份股有限公司 副総経理(台湾)
2012年4月 常務執行役員、企画本部長 兼グローバル人事総務本部長
2012年6月 取締役常務執行役員、企画本部長 兼グローバル人事総務本部長
2014年11月 ユニ・チャーム株式会社 退任
2014年12月 株式会社エイチ・アイ・エス 入社
2015年1月 株式会社エイチ・アイ・エス 上席執行役員、人事戦略(日本・海外)担当
2016年1月 株式会社エイチ・アイ・エス 取締役、人事・人事戦略(日本・海外)担当
2018年1月 株式会社エイチ・アイ・エス 取締役上席執行役員 連結人事、CS・ES、総務、CSR担当、本社人事 本部長、最高人事責任者(CHO)
<島村 仗志さん プロフィール>
「みんなで幸せでい続ける経営研究会」共同代表(運営担当)
株式会社ウエイクアップ 代表取締社長役(当時)
ウエイクアップは、リーダーシップ、コーチング、組織開発の世界的な3つのブランドの日本パートナーであり、人や組織の可能性を最大限に引き出すことに力を注いでいる。
著書:「コーチングのプロが教えるリーダーの対話力 ベストアンサー」など
研究会に参加したきっかけ
島村 仗志さん(以下、敬称略) : エイチ・アイ・エス様が、この「みんなで幸せ研」に入会なさったのは、当時クレディセゾンにいらした、武田 雅子さん*のご紹介でしたね。
*武田 雅子さん : 前 株式会社クレディセゾン 取締役
現 カルビー株式会社 執行役員 人事総務本部長
坂口 克彦さん(以下、敬称略): はい、武田さんとは、かなり思想が似ていて、元々は、宮地さんという方がやっておられるクエストエデュケーションというところで、知り合ったのですけれど。
*クエストエデュケーション:http://eduq.jp/quest_education/
武田さんは、基本的に、マネジメントというのは、トップダウンだとダメ、現場の知を活かさなければダメ、という考え方を持っておられます。クエストカップについても、単なるCSR活動ということではなくて、社内の人間の教育にもなるし、高校生のときにクエストカップに出た人は、採用のときに一次二次審査なしで、最終面接に来てもらう、というような先進的な取組をしておられました。そのつながりもあって、よくお会いしていました。
そして、「幸せ研」のご紹介を受けたわけですが、基本的な志向は一致していますね、ということになり、「それだったら、一緒にやらせてください」ということを申し上げました。
そして、「中小企業ならできているところがあるけれど、大きな会社で“幸せ経営”に舵を切るのは難しい。でも、それをやりたい」という研究会の目的にも共鳴しました。
「会社の価値観を変える」ことにチャレンジする
坂口: 当社は、澤田さんが創業し、ベンチャー企業から急成長し、創業38年の今は1万7千人の規模になっています。澤田さんが、素晴らしい経営者ですので、社員は尊敬しているわけですが、畏敬の念が強いために、澤田さんの言うとおりやっていれば、成功すると思っているという面があります。
また、ジェネレーションギャップに加えて、ベンチャー世代、店頭公開世代、一部上場世代と、入社した時の規模が違うことで、価値観が大きく異なっているという面もあります。ミレニアル世代は、一般的に「外発的動機付け」は効かなくなっている世代ですが、店頭公開世代が幹部となっているので、その当時のマネジメントである「外発的動機付け」がまだまだ強く残っていました。
ミレニアル世代が他の会社より非常に多く75%を占めている会社ですので、それだと今の世代にはなじまないし、会社自体も、35年たって、変わっていかないといけないと感じていました。
急成長時代のビジネスモデルは、現在よりもシンプルでしたので、トップダウンが強い方が、より成長できる環境にあったと思います。それが、アウトバウンドが成熟したマーケットの中で、新しいビジネスモデルをつくっていかなければいけないときに、現場の知恵を経営に生かすマネジメントスタイルに変革していかないと、今後の成長は困難ではないかと思っていました。
入社して7ヶ月が経過したときに、澤田さんに、「何がこの会社の課題ですか?」と訊かれて、大きく次の2つだと思いますと言いました。
*澤田 秀雄さん : 株式会社エイチ・アイ・エス代表取締役会長兼社長(CEO)
1つは、澤田さんが素晴らしい経営者なので、みんな畏敬の念をもつあまり、澤田さんのいうとおりやればよいと思っていますよということ。2つ目は、マネジメントが現場の知恵を引き出すマネジメントになっていません、ということでした
この会社に入社するときに、周りから、「オーナー会社で、規模がある程度大きなところで、価値観を変えていくのは、大変だよ」と、いっぱい言われました。でも自分では、あまりそう思っていなかったのです。本質は、小さい会社でも大きい会社でも同じだ、と思っていましたし。
研究会に期待すること
坂口: 実は、前の会社で、台湾の子会社のトップになったときに、その会社の価値観をずいぶん変えたという経験を持っています。ただ、その会社は380人くらいだったので、研修会社の人や人事のコンサルタントには、「坂口さん、380人だとできたかもしれないけど、こんな大きな、しかもオーナー会社で、価値観を変えるなんて無理ですよ」と言われましたが。
「そんなことはない」と思って、この会社でがんばっている最中に、「大企業でも、“みんなが幸せでい続ける”にはどうしたらいいか、と研究している会です」といわれて、「ぴったりだ」と思ったのです。
それで、人事部門だけではなく、関東の営業本部長をしていた者にも、経営とかマネジメントに目覚めてもらいたいと思って声をかけ、一緒にメンバーに加わらせてもらいました。
彼は、最初は、「わけのわからない研究会に一緒に行かされて・・・」なんてことを言っていたのですが、彼自身もトップダウンだけではだめだということに目覚めて、変わろうとしていた矢先だったので、この価値観に共感してくれて、出てくれるようになりました。
研究会では、最初の半年は、いろんな、先進的な取組をされている方の話をきいて、それはそれで得るものがありました。また後半、分科会に分かれての活動になったとき、例えば4つの(幸せ)因子でみんなで調査をして、それらの会社がどんな問題があって、それをどうやって治していく、みたいなことをみんなで考えて発表してアドバイスをもらいながら、改革を一緒にやっていくような分科会になるのかな、と期待していました。
それぞれの会社が、現行の意識調査と並行して「幸せ度調査」をやったりして、会社の「健康診断」みたいなものになるといいと思っていたのです。
「社員意識調査と幸せ度調査は違いますよ」「満足と幸せは違いますよ」と前野先生がおっしゃるのは、その通りだと思いました。しかも、今の社員意識調査は、自社の結果しかわからず、他社との比較ができない、自社の中のトレンドしかわからない。それが、参加企業どうしでは、それぞれの実態を包み隠さず話しながら、みんなでお互いにコンサルテーションするという期待がありました。
まあ、残念ながら、1期ではそこまでいきませんでしたが、2期では、そういうことも、ぜひ期待したいです。
「幸せ経営」への壁をどうやって突破するか
坂口: 半年くらい前ですか、「どんな会社のタイプかによって、“幸せ経営”への進め方が違うかもしれない」というようなことを、研究会の中で、私が言ったことがあるかと思います。
例えば、ヤフーさんのように、トップ自身がすでにそういう志向の会社では、どんどんそのための施策が展開されていますね。
一方、前野先生がSNSに書いておられたかと思いますが、企業のトップに「A. 会社は社員の幸せのためにある B. 会社は利益のためにある、どちらだと思いますか?」と訊いたら、Bと答える方がほとんどで、「何、しょうもないこと訊いてるんですか」みたいに言われた、そんな話もあります。
研究会でお話しいただいた、先進的な取組をされているのは、トップの人が会社は社員の幸せのためにあると考えて、とりくまれているところばかりでした。トップが「利益が大事だ」と言っていて、人事部門の人たちは「幸せが大事だ」と思っていて、価値観が違う場合は、どんなやり方をすればいいのか、を考えることもどうですか、とそのときに、研究会で言った覚えがあります。
研究会に集まっている人たちは、みんな「幸せが大事だ」と思っているわけですが、なかなかそれができないのには、どんな壁があって、その壁を破るためにはどうすればいいのか。それぞれの会社で、トップはどのへんのポジションで、取締役がどのへんのポジションで、どんな構造になっているかによって、どんなアプローチをすればいいのか、それぞれ違うんじゃないか、と思ったのです。というわけで、そのテーマごとに、研究をやっていったら、いいのではないかと思ったわけです。
島村: ありがとうございます。今、おっしゃっていただいたことは、すべて、2期に向けて、さらにこの研究会をどうしていくか、ということの大事なご示唆ですね。
人事責任者として、社員に向けて語る時のスタンス
島村: 先ほど、組織の規模が大きくても小さくても、「幸せ経営」をやろうと思えばできる、というお話があったと思うのですが、そのあたり、もう少しお聞かせいただけますか。
坂口: 今、実は、エイチ・アイ・エスでも、いろんなことを変えている最中なのです。
そして、それには、いかに現場の人の知恵を引き出すか。いかに現場の人にちかづくか。が鉄則だと思います。
私は人事の責任者ですが、社員から見たときには、組合のない会社ですが、「組合の委員長」みたいなスタンスだと思ってもらいたいのです。ふつうは、人事責任者というのは経営の代弁者で、「社員のことを考えていない人だ」と思われることが多いかと思います。経営にとっていいことを言う人だ、という見方をされることが多いのではないでしょうか。
そうではなくて、「社員の幸せのために、この人は言っているんだ」と思ってもらうようにしないと、本当の意見は聞けないし、実施する施策も、うがってとられてしまいます。社員のために、と思ってやっても、「何か裏がある」と思われてしまう。
現場の人間からすると、「経営の側だ」と思ったら、何にも言わなくなるわけです。だから、組合の委員長みたいな顔で、現場の知恵を引き出さないといけない。現場の人たちには、「会社の価値を決めるのは現場だ」「みんなのモチベーションが高ければ、絶対に業績は上がるんだから、モチベーションを上げるのが人事の役割」と、一所懸命伝えました。
研修では、30歳前後を対象にしたものと、40歳くらいを対象にしたものを新たにつくりました。
30歳前後の社員を対象にしているのは、「基軸力」を高める研修、つまり、何のためにあなたは生きているのか、何のためにエイチ・アイ・エスに入ったのか、何のために仕事をしているのか、ということを考える半年の研修コースです。
また、40歳前後の研修は、10ヶ月間続くのですが、参加者が16人なので、4人ずつのグループにして、毎月毎月その4人と会食して、3時間くらい、いろんな話をします。「こんなこと、オレはおかしいと思うんだけど、どう?」というような話をずっとやると、その中で共感する人たちも出てきます。「自分もそう感じていたけれど、言っちゃいけない、と思っていました」「実は、自分もそうしたいと考えていました」というわけです。
そういうことを、1期、2期、と積み重ねてきて、辻説法ではないけれど、ずっとやっていると、幹部クラスで、何のために仕事をするのか?何のために生きているのか?何のためにH.I.S.は存在するのか?を真剣に考える仲間が増えてきました。
リーダーとしてのあり方に衝撃を与えてくれた人
島村: 坂口さんがビジネス・パーソンとして見事だと思うのは、「郷に入れば郷に従え」ではないですけれど、ここでは、トップの言うとおりにやっていた方が波風立てずに、ということもあり得たわけです。
それを、社員側に立った、労働組合の委員長的なふるまいをしつつも、同時に、経営の一角を担う者として、会社をよりよくするために、ということで、経営者が受け入れやすい提案の形をつくって、しっかりとロジックを成立させて、届けておられる。これは、本当に見事なありかたですね。
そういうありかたになられたのは、どんなきっかけがあったのでしょうか?
坂口: それは、1つには、元パナソニックの副社長でユニ・チャームの社外取締役だった平田さん*という方に、恩義を感じている、ということでしょうね。実は、平田さんは、エイチ・アイ・エスの社外取締役でもあって、そのご縁もあって、ここに入社したのですが。
*平田 雅彦さん : 株式会社エイチ・アイ・エス 社外取締役・監査等委員
平田さんと出会ったのは、もう20年前になります。前の会社にいたときですが、顧問として初めて入っていらした時から、センセーショナルな方でした。最初に出られた会議が、執行役員が業績報告をする場で、営業本部長が営業報告をしたときに、専務とか常務とかが、「何でできないんだ」と言っていたのです。
そのとき、平田さんは顧問として入られた直後で、紹介されて座っていた、その会議の最中に、「ちょっと発言していいですか」と。「この会議、ずっと聞いていましたけど、“何でできないんだ”ぐらいは、今日初めて出た私にだって言えますよ。あなたがた、専務や常務やっているなら、“こういうことはやってみたのか?”とか“こういう分析はしたのか?”“こんな人に智恵を借りたらどうか?”とか、そういうアドバイスを、なんで一言もいわないんですか。“何でできないんだ”ばっかり言う会議なら、やめた方がいいですよ」とおっしゃったのです。
それを聞いて、強く衝撃を受けました。「すごい人が入ってきたな」と。その方が、執行役員以上を対象に、月1回「経営指導会」というのをやってくれたのです。午前中3時間、午後3時間、それに私も申し込んで、そこでずっと指導を受けました。1対1なので、誰か他に申し込んだ人がいると抽選になるのですが。
一番最初に面談したときに、「坂口くん、ユニ・チャームの理念は、インクのにおいがするんだよ」と言われるのです。つまり「印刷して、貼ってあるだけだ」と。「理念というのは、君たちの心の中にあって、この会社が何のためにあるのか、を規定しているものであって、それに照らし合わせて、今のやり方が正しいのか、正しくないのかを判断するためにあるんだ」とおっしゃいました。
当時、私は、事業本部長をやっていて、赤字の事業を1年で黒字化したりしていました。それも、「何のためにこのビジネスがあるのか」をつきつめてやっていたので、すごくほめて頂いて、「君のやっているやり方は正しい、自信を持ってやりなさい」と言って頂きました。
今までの「理不尽」に立ち向かう
坂口: 自分は、社内では“異端児”でした。数字を作ることが優先の、トップダウンの会社の中で、一所懸命、納得のいくように部下や周りに話をしていたのです。自分自身、納得しないと動かない人間だったので。人は、納得してやった仕事は、失敗してもちゃんと反省しますが、納得していない仕事は、反省しないんです。やらされ感でやっている仕事は、疲れるだけだし、失敗しても誰も反省しない。すごくもったいないですよね。
そのときから、仕事は納得してやった方が成功確率は上がるし、失敗したら反省するし、いいことばっかりや、と。なんでみんな、納得していない仕事するの?みたいなことを言っていました。
今も、研修などで、1つ目には「納得して仕事をしよう」、2つ目には、「家族や友人に誇れる仕事をしよう」という話をしています。それは、元々思っていたことなのですが、平田さんと出会うことで、固めてもらったのです。「君の考えは正しい」と言ってくれたのは、あの方だけでした。
それまでは、「おまえ、なに青臭いこと言ってるんだ」「会社は利益を出すためにあるんだろう」とか「そんなに楽しいんなら、おまえが給料払えよ」みたいなことを言われてばっかりでしたが。
私にとっては、なんでそんな理不尽なことやるのかわからないことが、当時はいろいろとありました。
メーカーというのは、問屋の在庫を増やすだけでも売上になります。例えば、決算月に、問屋の在庫を1ヶ月ふやすと、13か月分の売上が12ヶ月で計上できるわけです。それだけで、8%成長します。2年目にもう1ヶ月分在庫を増やすと、また8%成長する。
在庫が増えると、品物が入らないから、倉庫を借ります。その倉庫代も、こちらが払います。問屋はその分のお金はないから銀行からお金を借りるのですが、その金利も、こちらが払う。そして、「押し込み」だから、5%とか10%とか、値引きしなければいけません。
そんなバカなことを何でやるのか、僕はまったく理解できませんでした。だから、そんなことをやらなかったら、成績が悪い、と怒られるわけです。「なに子どもみたいなこと言ってるんだ」「青臭いこと言うな」と。
島村: 私も、この研究会を立ち上げるときに、文脈は違いますが、同じように「なに青臭いこと言っているんだ」と言われました。ですから、10年も前から、坂口さんがそうやってがんばられてこられた、ということをうかがって、とても胸を打たれました。
そして、坂口さんの周りには、「納得感をもって、周囲に誇れる仕事ができる」環境を与えられた方が、たくさんおられるわけですね。
自分の考えに共感する「同志」を作る
自分の考えに共感する「同志」をつくる
坂口: 今、この会社でも、「おかしい」と思ういろんな制度を、がんばって改定しているところです。そしたら、ある社員が、「坂口さん、外から来た人が、エイチ・アイ・エスのために、なぜこんなに一所懸命やるんですか? 何がモチベーションなんですか?」と訊くのです。
それは、今お話ししたように、平田さんに、自分の人生観、職業観を固めてもらったことに恩返ししなくては、ということが半分、もう半分は、自分の言ったことに共感する幹部がいる、ということ。もし、そういう、「打てば響く」人たちがいなかったら、辞めていると思います。
島村: それはさっきおっしゃった、毎月4人ずつお話をなさる中で「響いている」方々がおられる、それがモチベーションになっている、ということですね。
チェンジ・エージェントとしての「軸」を貫く
島村: 坂口さんの、「変革魂」というか、チェンジ・エージェントとしてのありかたをうかがうと、もちろん、平田さんの薫陶は大きかったでしょうが、坂口さんが元々培ってこられた、仕事において大切にしておられることが、伝わってきます。
坂口: 前職でのことなのですが、台湾の子会社を、減収減益から増収増益にしたのには、こんな経緯があるのです。
台湾の責任者として赴任したときに、社員に向かって「納得しない仕事はするな」と言いました。そうすると、みんなが言うわけです、「在庫を増やす、というのには納得してません。でも、それをやめると売上、いきませんよ」と。
「したくないことなら、やめればいいじゃないか。君たちが、本当にやりたいことは何なの?」と訊くと、「小売店頭で、売れる売り場を作りたい」と言う。「じゃあ、そうすればいいじゃないか」というのだけれど、「それじゃあ、売上は行かない」と思い込んでいる。
それで、言ったんです。「だいたい、在庫って何のためにあるかわかる?欠品しないために必要なんだよ。そんなの、3日か1週間分あれば十分だ」と。「もし、お客様から品質が悪い、とクレームが出て直さないといけなくなったら、どうする? 流通在庫3ヶ月分あったら、直るのは、3か月後になるんやで。それが、1週間分しか在庫がなかったら、すぐ、いいものがお届けできるんやで」とも教えました。
決算時期に、在庫を増やすために、工場は徹夜でフル稼働する。でも、それが終わったら、仕事がなくなるから、みんな草むしり。
トラックだって、最後の決算のときに合わせて、一時に何百台も頼むわけです。そうすると、スポットだから、当然高い。翌日から、荷物運ばないので、トラック会社は、仕事がなくなるから、その分をここで載せておかないと、と思うわけです。
そういう、やりたくないこと、しょうもないと思うことをやめたら、本当に業績は上がったのです。
島村: 本当に素晴らしいことをなさっていらしたのですね。「異端児」かもしれませんが、その場の常識に背いて、でもきわめて本質を突いた、チェンジ・エージェントでいらっしゃいますね。
チェンジ・エージェントを育成するカギ
島村: 「幸せ研」に集まっている方々は、そういう意味では、現時点では、まだまだ異端児です。
しかし、これから、本質を伝えて周囲に影響を及ぼし、しかも実績をあげるチェンジ・エージェントを、私たちは、どんどん生み出していく責任があると思います。
そのためには、何がカギになると思われますか?
坂口: それは、共感者を増やして、人を育てることだと思います。自分に共感して、それを引き継いでくれる人をつくれるかどうか、だと思います。
島村: それは、例えば、さっきおっしゃっていたような、幹部の人たちとの対話を通して、ということですね。頼もしいですよね、そういう人たちがどんどん増えていけば。
坂口: だから、実際に一緒に仕事をしている人間じゃないと、それを伝えるのはなかなか難しいかな、という気はします。全然違うところの人の話を聞いても、事情が違う、と思うでしょうし。僕が、平田さんから、「君のやっていることは正しい。自信を持ってやりなさい」と言ってもらったようなことをやるのが、限界かなとも思います。
自分のポジションで、できることから変えていく
坂口: 先日、「ティーチャーズ・イニシアティブ」という、学校の先生たちの改革のフォーラムがあって、そこで、麹町中学校の校長が出ていらっしゃいました。
*ティーチャーズ・イニシアティブ : http://teachers-i.org/
その方は、公立の校長なのに、定期試験をやめたんです。また、修学旅行も、普通は、旅行会社と先生が決めて、そのコースに中学生がのって行くだけですね。「それに、何の意味があるんですか?」とその方は言われるんです。で、それを「課外授業」にして、「京都、奈良の旅行の企画を、君たちで作りなさい」と言う。中学生にですよ。
そして、旅行会社に、企画ってどうやって作るのか、課外授業で講義をしてもらう。行先は京都、奈良って決まっているんですが、その旅行の企画を作るために現地に調査に行くのが、修学旅行なんです。そのために、自分たちで取材に行き、自分でアポイントとってインタビューにも行く。そして戻ってきて、企画書を作って、旅行会社に持っていって売り込む。
公立中学なのに、そんな改革ができた、というのもすごいのですが、その校長先生が「皆さん、それは校長だからできた、と思われるかもしれませんが、そんなことはないんですよ」とおっしゃったことにも、感心しました。
「自分は、担任のときとか、主任のときとか、そのときどきで、自分の範囲でできることをやっていました」と。「校長になったらできる範囲が増えただけです。“校長じゃないとできない”とか、自分の範囲ではできなくて、“校長のせいだ”とか言っていることが間違いだ」と言われるのですね。要は、自分のできる範囲の中で、自分の理想とするありたい姿を目指してやればいいんだ、ということです。
「自分のやりたいことをやるために出世するんだ」という人もいるかと思いますが、その先生は、そうではない。会社でも、「自分は会社を変えたいから、本部長をやらせてくれ」というようなことを言う人がいますが、そう言ったって誰もついてこない。
それよりも、価値のあることを情熱をもってやって、正しいことをやって、上とも戦っているっていう姿を見せたとたんに、みんなすごく協力してくれる。
自分が事業本部長をやっていたときも、台湾に行ったときも、思っていたのは、「自分が評価されたい」ではなく、そこにいる人たちにとって達成感のある仕事を、どうやったらさせてあげられるのかな、ということだけです。
台湾に行ったときに、「日本人らしくない」と言われたのです。「どういうこと?」と訊くと、「日本人って、本音と建前が離れすぎている。口で言っていることをやらないし、みんな本社ばかり向いていて、自分がいる間の成果だけ上がればいいと思っている。体質を改革しよう、なんて人は誰もいませんでした」と。
だから、「無駄なことは全部やめて、体質を強化しよう」と言っていたら、共感する人がいっぱい出てくるんですよね。
自分の価値観を育んできた土台
島村: ほとんどのビジネス・パーソンは、自分がどう評価されるかに意識がいきがちですが、坂口さんは、そうじゃないですね。それは、いつからなのですか? なにか、きっかけがあったのでしょうか?
坂口: まあ、昔から生意気でしたが、親の影響、特に母親の影響が強いと思います。昔、小学校のときに、担任の先生から、児童会長に立候補しろ、と言われたんです。いやだ、と断ったら、担任の先生から、親に電話がかかってきた。母親が、「なんで断ったの?」と訊くので、「めんどくさいから」と答えたら、「おまえ、なに言ってるの!」というわけです。 「お母ちゃんは、“自分がなりたい”って言う人は好きじゃない。自分がよく見られたいからなりたい、って言っている人は。でも、人に、“なってくれ”と頼まれたときには、自分は命懸けでやってきた。人に、そう頼まれたら、そんなありがたいことはない、と思え」と。
島村: お母様の、その心意気と、矜持ですよね。
坂口: 母親が、僕が就職するときに、「今まで、自分の生き方を学んでほしいと思っていたけれど、それは田舎だったら通用するけど、都会の会社では通用しないみたいだ。あなたは、別に私の生き方を学ぶ必要はないよ」と言ったのです。
僕は、43歳のときに執行役員になったのですが、その報告に母親に電話して、「就職するときに、そんなことを言ってたね。でも、その生き方は、あんたのせがれの代で花開いたと思ってくれ」って。そしたら、もう、号泣しちゃって・・・。すごく喜んでくれました。
島村: この記事を掲載しているHPは、ささやかな媒体ですけれど、このお話が文字になることで、ものすごい勇気づけのメッセージになると思います。おかしいじゃないか、という理不尽に対して、アゲインスト覚悟で、「やっぱり僕はこう思う」「私はこう信じています」とがんばっている方が、それぞれの現場にたくさんいらっしゃるはずです。その人たちに、今日のこのお話を、ぜひ伝えたいですね。
「あなたのやっていることは正しい」と勇気づける
坂口: 「あなたのやっていることは、正しいよ」と勇気づけてあげることが、一番大事かな、と思いますね。社内で、そういう話をすると、「ほんとに言ってもいいんですか」「そう感じてたけど、言ってはいけないと思ってました」という人が、出てきます。「そんなの言っていいし、あなたの考えは正しい、と自信を持ってほしい。絶対、共感して協力してくれるやつが出てくる」と言いたい。
だいたい、「おまえら出世したかったら、オレを出世させなきゃダメだ」みたいな、しょうもないことを言うやつが世の中にはいっぱいいます。だけど、そんなヤツは、真に協力はしてくれない。
オレは、協力してもらいたいから言っているわけじゃない。自分に価値ある仕事だと思ってイキイキ仕事してくれることが、うれしいからやっているだけだ、と。それに一点の曇りもなかったら、そういうことは通じるんです。
島村: そこが、人間の社会の本質ですよね。「あなたのために」というのは、受け取る側は、わかります。利害打算で言っているのではない、ということは、バーンとハートに突き刺さってきますよね。
坂口: たとえ得意先であっても、ダメなものはダメだと言いますし、問屋の社長にも文句いったことありますし・・・(笑)。
島村: 以前、法政大学の坂本(広司)先生が、幸せ研で話をなさったときに、「なぜ、(幸せ経営が)中小企業でできて、大企業ではできないのか?」という質問に対して、「いや、大企業だからといってあきらめないでいいですよ。まずは、自分の影響力のおよぶ範囲で、できることを一所懸命にやればいい。課長だったら、課員の幸せのために、何ができるかを考えればいいんです」と答えられました。
先ほどの、麹町中学の校長先生のお話と、一緒ですよね。
坂口: 僕も、自分のできる範囲のことをやっていたし、その中では自分に嘘をつきたくないと思って、やれることをやっていた。結果的に、そちらの方が成果が出たのです。
島村: そこで成果が出た、ということが、坂口さんが「これでいいんだ」と確信なさる自己受容と自己認知をさらにエンパワーすることになったのですね。
坂口: それと、平田さんに「お墨付き」をもらった、ということですね。それで、もう全然ぶれなくなって、恐くないし、別に評価されなくたって関係ないんだ、と思えるようになりました。何のために生きているのか、何のために仕事をしているのか。別に、上に評価もらいたいからやっているわけでもないし。
自分の給料が高い、ということは、世の中に対して自分の存在価値を数値的に測るものであるかもしれないけれど、それが目標となったとたんに、違うところに行ってしまう気がします。
島村: それは、前野先生の理論でいえば、外発的動機付けで一瞬は満たされても、長続きはしない、ということですね。地位財ですものね。
今日のお話の核心は、まず、自分で納得できる仕事をしようよ、と。そして、結果としてあるいは意識、志として、周囲の人に誇れる仕事をしようよ、と。この2点だけがんばっていれば、必ずどこかから賛同者が出てくる。
信じているいことを、あきらめない
坂口: それと、みんなに言っているのは、「トップと意見が違っても、あきらめるな」ということです。「今はタイミングが悪いだけだ」と。あきらめずに信頼を勝ち取っていけば、必ず言うことを聞いてもらえる時が来るはずなので。
島村: それが3点目ですね。納得、誇れる仕事、そしてあきらめない、ということ。
坂口: 今認められなくても、それは、タイミングが合わない、時間がかかる、ということだけかもしれない。
自分たちのやりたいことは、ずっと思い続けろ、何年かかるかわからないけど、と部下には言っています。今、いろんなことが変わってきているじゃないか、と。今までずっと却下されてきたことが、通っているじゃないか。
島村: まさに、単にチェンジ・エージェント、という言葉ではなく、「魂の勇者」という言葉を当てたいほどの、坂口さんのエネルギーです。
部下を変えるだけではなく、上司にも適切な影響を及ぼして、トータルの現実をかえてこられている、というエピソードを、あふれんばかりのリアルなエネルギーでお話しいただきました。本当にありがとうございました。
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