2017/12/04

「みんなで幸せ研」対談 第2回

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<都丸 淳さん プロフィール>
「みんなで幸せでい続ける経営研究会」設立メンバーのお一人
三菱鉛筆株式会社 専務取締役
グループ子会社である三菱鉛筆東京販売株式会社の社長として、「みんなで幸せでい続ける」経営を提唱・実践し、同社業績を4期連続の増収に導く。
また、社長在任中に、プロフェッショナル・コーチ資格を取得し、社員全員と、コーチングをベースにした対話を重ねてこられた。
現在、三菱鉛筆株式会社の管理統轄兼コンプライアンス担当の専務取締役として、さらに活躍の場を広げておられる。

<島村 仗志さん プロフィール>
「みんなで幸せでい続ける経営研究会」共同代表(運営担当)
株式会社ウエイクアップ 代表取締役社長
ウエイクアップは、リーダーシップ、コーチング、組織開発の世界的な3つのブランドの日本パートナーであり、人や組織の可能性を最大限に引き出すことに力を注いでいる。
著書:「コーチングのプロが教えるリーダーの対話力 ベストアンサー」など

「人を見ていた」販社社長時代

都丸 淳さん(以下、敬称略): 2009年7月に、三菱鉛筆東京販売という、三菱鉛筆の販売子会社の社長に就任したのですが、すでにある事業を、社長として引き継いだわけで、社長としての視点は、創業者とは違ったと思いますね。

島村 仗志さん(以下、敬称略): 創業社長ではない、ということで、何が違うのでしょうか?

都丸: 事業はすでに確立していたので「先に、“人”が見えた」ということでしょうか。それは、内部昇格のプロパーの社長だから、でもあります。それまで、常務として4年間務め、その後社長になりましたから。

社長になる前に社内を見ていて、「社員みんながんばっているのだが、その頑張りと処遇・社内環境にギャップがあるなあ」と感じていました。給与、ボーナス、福利厚生、将来のキャリアの展望などを含め、もっと活性化した組織にしたい、と思っていたのです。なので、社長の打診があった時に、今までとは違うやり方でやろう、と心に決めていました。

それは、仕事を1つ1つをどうこうしよう、ということではありません。社員一人ひとりを、いい状態(Well Being)にする、つまりベースになるところをきちんと作り、そこをバックアップすることを自分の役割にする、ということです。そうすれば、そのベースの上に、どんな形の建物でも建ちますから。コーチング的に言うと、「安心・安全な場を作るから、その上で、みんな、力を発揮してくれ」ということでしょうか。

社員には、「自分は社長として立つが、個々のビジネスは、君たちの方がよく知っているのだから、個別の仕事は任せるよ」と言いました。

ただ、「任せる」と言っても、放ったらかしではありません。PDCAでいうと、PからDにいく段階で、共有・報告会があり、そこで、思いやプランを共有した上で実行するので、納得感があります。当然、そこで、私がNGを出すこともありますが・・・。

島村: 都丸さんのすごいところは、「ここでこの一手を打つと、その後、何が起こるかが、すうっと見える」ところですよね。部下の人に、「そのアイデアだと、こうなるからYes」「こうなってしまうからNo」ということを、きちんと説明して示しておられたから、部下の方も納得されたのでしょう。

都丸: そうかもしれませんね。そして、もし、Doの段階で失敗しても、Plan自体を一緒に考えているので、こちらも非難しないし、部下もヘタに隠したりしません。「なぜ失敗したのか」を建設的に一緒に考えます。いつも、「わかんなかったら、相談に来いよ。一緒に考えよう」と、みんなに言っていましたね。

それによって、「言われた通りやって、ダメだった」という受身の姿勢ではなく、責任を自分事として捉える社員が育っていったのです。

「みんなで幸せでい続ける」経営は、どこからきたのか

島村: そして、販社社長になられたときの経営方針が、「みんなで幸せでい続ける」ということでしたね。これは、どこからきたものなのでしょうか?

都丸: まず、自分自身が、自分のままでいたい、素の自分を伝えたい、という思いがありました。自分にとって、一番欲しかったのは、“笑顔”です。みんなの笑っている顔が、映像として浮かぶのです。

すると、「幸せになる/幸せでいる経営」という言葉が、ポロンと出てきました。最終的には、「みんなで幸せでい続ける経営」という言い方にしましたが。

“幸せ”というのは、包括的な言葉で、一人ひとりの幸せは異なりますが、ベースとしての経済のところは一緒だろうと考えました。給与、ボーナス、福利厚生などですね。そのベースだけは社長が作る、みんなが幸せになるための“手段”として、経済的なところをアップする。その上に立って、それぞれの幸せを自分で築いてほしい、というシンプルな思いの発露です。

すると、毎年10数人いた退職者が、激減したのです。社長在任4年間で、4人くらいでしょうか、結婚退社などを含めて。

島村: それは、すごいことですね。具体的には、どんな施策をなさったのですか?

都丸: 文具メーカーですから、1月2月3月が、一番の繁忙期で、大変なときです。この1月2月3月の各月に、臨時ボーナスを出しました。これには個人目標はありません。グループで目標をクリアしたらグループ全員に1万円、部でクリアしたら部の全員に1万円、会社全体でクリアしたらさらに全社員に1万円、ということにしました。全部クリアすると、1人3万円です。3ヶ月すべていくと、9万円ですね。

そうすると、何が起きたか。グループで目標達成するために、みんなが助け合う、部のために「あと計画までいくら?」と、グループ同士がサポートしあう、会社として達成するために、他の部を応援する。そんなことが、ゲームみたいに盛り上がって、とても楽しそうなのです。本当は忙しくて、身体も大変なのに、みんながすごくワイワイ活気がある、そんな時期になりました。

例えば、“別注(別製注文)”という、イベントなどでの大量注文が入ることがあります。営業担当者にとってはうれしいことなのですが、反面、個人に、こういう臨時の売上をつけると、次の期の販売目標に、その分が上乗せされる、という“恐怖”につながります。そうすると、「半分は、次の期の売上に回しておこう」ということが起こりかねません。

なので、販売計画を作成する時に、この売上は、半分は部・半分は全営業のベースにしました。また、別注があったときには、全社の朝礼で報告し、その人にみんなで拍手を送り、「ありがとう!」という言葉で報いる、ということにしました。実は、そのほうが、営業担当者にとっても気が楽ですし、別注をとるために社内全体で助け合う、という雰囲気も生まれました。

そうして、繁忙期が過ぎた4月~10月には、必ず「リフレッシュ休暇5日間」を取るようにしました。土日をつなげると9連休にできますから。有給休暇はあっても、まじめな人、一所懸命仕事をする人ほど「休めない」という感じだったのを、ちゃんと休ませたかったのです。まだ休暇をとっていない人がいたら、社長がメールを出して、「休んだら?」とケアします。

ふだんでも、体調が悪くても「休めない」と思ってしまう人がいますね。周りの人が、それに気づいたら課長に言います。2人の人からそういう話があったら、課長から、その人に「休め」と言うことにしました。責任感の強いまじめな人ほど、なかなか休みをとらないのですが、それを放っておくと、余計大変なことになるので、無理にでも休ませます。健康でいることは、幸せの基本でもありますから。

あと、社員同士のつながりをもっと作るために、部(クラブ)も奨励しています。2人以上いたら、部として認めて、補助金を出します。いろんな部ができていますよ。

「みんなで幸せでい続ける」経営で、結果を出す

島村: そういうことを重ねていらして、業績にも変化があったのですよね。

都丸: 社長就任が2009年7月だったのですが、半年たったところで、売上が「あれ、前年を超えているよ」ということになりました。

ただ、こちらから“前年比”と言う言葉は絶対に使わなかったです。前年とは過去のことですから。代わりに、“計画比”と言う未来を意味する言葉に統一しました。それは、未来に向かって幸せになることに繋がると考えてのことでした。

また、その“計画”については、毎月の営業を始める前に、自分で考えて「どのくらいいけそうか」という数字を出してもらいます。そして「その計画は、何も販促をやらなかったら何割達成するか?」「では、残りの数字を達成するために、どうやったらいいか?」を考えてもらうのが、先ほどお話ししたPDCAの仕組みです。それは、みんなが喜んで「限界を超える」ことにチャレンジするようにしたいと思って作った仕組みなのです。

そして、本当に、その年に前年を超え、目標数字を達成し、全員、ボーナスが上がりました。

島村: それは、本当に、すごいことですね!

そして、それ以降、社長在任中4年連続で増収を重ねられ、また、次の社長に引き継がれた後も、さらに4年連続の増収でいらっしゃいます。

本社に戻って、展開していること

都丸: そうですね、本当にありがたいことです。

そして社長になって4年たったときに、「本社に戻れ」と言われたのです。2013年、59歳のときです。転籍で販売会社に行ったのでびっくりしましたね。しかも、営業で実績を上げたのに、人事担当の役員として「戻れ」でしたから、さらにびっくりしました。

島村: 8年ぶりにお帰りになった本社は、いかがでしたか?

都丸: 自分が本社にいなかった間に、海外売上がすごく伸びて、生産子会社も増えました。なので、人がそちらに回り、本社の社員が減っていましたが、感じたのは、忙しくてコミュニケーションが少なくなって、部門間にカベが出来ているな、ということでした。

それに対して、大きく2つの手を打ちました。

1つは、横串のリーダー(課長レベル)のコミュニケーションを良くして、そこで、本当に大事なこと、本質の話をすること。

もう1つは、ローテーションを促進すること。その部で育った人は「これが正しい」という思い込みがありますが、他の部に行くと「あれ、違うじゃない」ということに気づく。部門間のカベを越えて、ローテーションをしています。

そして今年、専務になってからは、本社だけでなく、グループ会社についても、同じことを始めています。グループ会社の社長は、本社の課長レベルが多いので、辞令を出す前に、「何のために、君にここに行ってもらうか」という期待や目的をきっちりと話します。そして、着任してからも、現地に定期的に行ってフォローし、相談にのっています。

島村: 一人ひとりの社員の方の、ビジネスパーソンとしての人生において、都丸さんがそうやって、エンカレッジしていることが、どれだけのインパクトを生んでいるかを考えると、素晴らしいことですね。

CTIに、「リレーションシップ・アジリティ」という、企業のリーダー向けのプログラムがあり、ビジネスにおける関係性作りを教えるのですが、「役割と役割」の関係性だけではなく、「人と人」の関係性をつくることの大事さが、1つの柱です。都丸さんのやっておられることは、まさに、「役割と役割」、「人と人」の関係性の、絶妙なバランスをとることですね。

課長レベルの横の組織づくり ~インターフォーマルな組織~

島村: 組織の規模が大きくなるにつれて、「人と人」の関わりが減って、「役割と役割」の関係だけになる傾向があります。大企業は、役割の種類が多くなるので、そこに“横串”として、人と人の関係性を入れないと、硬直化します。

三菱鉛筆様では、都丸さんが、“横の組織”を、丁寧に編んでおられるのですね。

都丸 : 当社では、部長会というのは毎月あって、部長どうしは毎月顔を合わせるのですが、課長どうしが顔を合わせるのは、年に一回しかなかったのです。そこに“横串”を通すために、今、研修を通じての“課長会”を作っているところです。

島村: そういう“横串”の組織は大事ですね。フォーマルな組織と、インフォーマルな組織の、ちょうど中間に位置するというか・・・“インターフォーマルな組織”、とでも呼びましょうか。

都丸: 最初に“横串”をさしてエンパワーすべきは、課長層ですね。課長層の活性化、というのが、企業にとって、一番のカギだと思っています。課長が変わると、会社が変わると思います。課長が自信をもって「自分がどうしたいか」を発信すること、部下一人ひとりと「人と人」としてのコミュニケーションをとること、が会社をいいカルチャーに変えていきます。要は、課長が、コーチングマインドを持つことです。

そういう課長どうしが、“インターフォーマルな組織”として結びつくことで、Well Being経営の基盤が築かれると考えています。

「一番いい状態の人」がたくさんいる職場がたくさんできれば、「一番いい成果」が出るのは、当たり前ですからね。

島村: 都丸さんが、そのことを、「大事なことだから、ずっと言い続けるよ」という姿勢でいらっしゃることが、全社にインパクトを与えておられるのですね。

本当にいいお話でした。ありがとうございました。

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